メンバーインタビュー

氏名:新井 衛君 37歳
役職:副理事長(会員拡大委員会、夢共育委員会担当)
職業:自営業(新井米菓)

職業を教えて下さい

米菓製造業!いわゆる煎餅屋です。でも何故かお店はだんご屋を名乗っています。
卓上にて会話を弾ませる「素」を売る職業です。

JC歴を教えて下さい

01会員拡大委員会・02総務広報委員会・03事務局次長・04子供ふれあい委員会・05事務局長・06子供ふれあい委員会(委員長)・07総務広報委員会(副委員長)・08専務理事・09会員拡大委員会兼夢共育委員会の担当副理事長で現在に至ります。
 ふと気が付けば9年が経過しています。思い起こすと1年1年があっという間でした。一昨年の専務理事までに事務局系6回やりましたが普段の仕事とJCの両立と毎日が忙しかったのを思い出します。事務局系6年のうち5年は 小林昭仁直前理事長 の下で活動していました。上手く彼に「かじ取り」してもらったのかもしれませんね。(笑)

境JCに入会したきっかけは何ですか

「自分を磨く為」と入会申込書には書いたと思います。でも実際は何も分らずに入会しましたね。ただ当時の理事長でいらっしゃった斉藤哲生先輩に熱烈に勧められて入会を決意しました。

印象に残る例会は何ですか

06年度に子供ふれあい委員会の委員長をさせて頂いた時「雪国探検隊!」「山学(さんがく)探検隊!」「江戸川探検隊!」三部作全て泊まりでやりました。
 印象に残ったのは例会じゃなく下見ですね!「雪国探検隊!」の下見では1月の猛吹雪の中を五色沼探勝路の下見で歩いた事を思い出します。探勝路内は積雪2㍍位あるし建物は雪で屋根しか見えないし歩く道にあるはずの目印は無いし・・・委員会メンバー一同遭難の危機でした。
 また4月の休みに「山学(さんがく)探検隊!」の下見で磐梯山に登った時・・・登山口に行ってビックリ!積雪1㍍!僕と一緒に嫌がる当時の担当副理の小川勝君を無理に登らせましたが気付いた時には既に遅し・・・また道に迷っていました。その後あり得ない角度の雪でカリカリに凍った斜面を木の小枝にぶら下がりながらトラバースして、やっとのおもいで山頂に立ちました。(この時の小川君は山をナメていたので、ジャージにヤッケ・スリックタイヤ並みの靴での登山・・・マジでこの人!落ちて死んでも不思議ではなかったです。)
 「江戸川探検隊!」では・・コースが決まらずに下見決行!群馬県の子持村利根川上流から境町まで130㌔を1日で小川君と自転車で下見、翌週には境町から葛西臨海公園まで90㌔を関奉美君と鈴木哲也君と自転車で下見・・・結局泊まる所が無いので委員会事業は野田の清水公園に一泊となり結局は220㌔走破が無意味なものになりました。(非常に残念です)
 今思うとこの年は予定者段階の8月から毎月1回翌年の8月まで猪苗代町磐梯町まで委員会メンバーと何度となく往復していました。ホテルも何も無い全くのゼロからのスタートでしたが、関奉美君 赤荻孝典君 木村賢二先輩 鈴木哲也君 染谷聡君 小川勝君の支えがあり無事乗り切れた事が深く想い出に残っています。
(おかげさまで、雪山登山&サイクリングは趣味になりました。)

昨年の専務理事という役職を受けての感想

毎日が忙しくなかったといえば嘘になりますが役職を終えて振り返ってみれば思った程ではなかったのかなというのが正直な感想です。
 サマコンに行った時のエピソードですが一日目に鈴木昌幸先輩と小林昭仁君&私の3人が夜土砂降りの雨の横浜の地で合流して一昨年の日本JC地域の力委員会の皆様と大勢で同窓会をやった時の事ですが、忘れもしない・・・午前3時のロイヤルホストで外は雨・・・鈴木先輩VS小林09理事長・・知らないお客さんが周りに大勢いる中で「JCとは!?」と注文した食べ物は何も食べずに語り始まり気が付けば午前4時30分・・外の雨も上がり太陽が顔を出そうとしているその時間、とうとう大声が怒号に変わり・・・
(これ以上は言えません)

境JCに入会して感じたメリット&デメリットはありますか

メリット
①自然と仲間が増えた。よく先輩達が「JCはやったもん勝ち」と話しますがホントにそうだと感じます。
②パソコンが使えるようになった。「キーボードを打つのにローマ字から覚えた人間ですので・・・(笑)
③入会当初に自分の居場所がJC内に無い事に気付き、進んで皆さんと交流を持ち会話をした結果でしょうか?どの団体に顔を出してもいつの間にか誰とでも会話が出来る様になっていた。
(その他長くなるので沢山あるけど割愛です。)
デメリット(?)
基本4時30分には会社に入る。朝が早い仕事なのでJCで夜が遅かったりすると・・・最近は毎日寝不足です・・・。